花とコップと水
03/11/2007 (Sun)
今日はいつも通っている絵画教室で良い絵が描けたので、最高に上機嫌。先生も「いつも間にかうまくなりましたね〜」だって! いやー嬉しいね〜最高だ。絵も好きだけど、人に誉められるのって、かなり嬉しい。さっきから終始にやにやしっぱなしで、ずっと余韻に浸ってます。こんな日に酒を飲んだら本当に最高かもしれない。あんまり嬉しくて、田舎の両親にメールで絵の画像を転送。なんて言ってくれっかなあ〜。
人に誉められるって、そういえば最近ない。研究やってても誉められるなんてなかなかないし。就職活動やっててもそんなことはまずない。人に認められたり、誉められたりってもっと身近にたくさんあると良いのになあ。普通の人は普段誉められたりするんだろうか?
人を誉めるのって、親の専売特許ではないだろう、というか専売特許なんかにしたらだめだろう。人は年を取ると、批判することばっかり覚えて、なんかぎすぎすしていないだろうか。映画や本、ニュース見て批判ばっかり。友人見ても、影で批判ばかり。そんな世の中すみたくね〜って思わない?
他人を誉めて、他人に誉めてもらって、好循環を世の中に作り出そうぜ〜。他人を批判ばっかしてるから、うつ病とか引きこもりとか増えるんだよ、と言ってみるテスト(テストってこう使うのだろうか…)。
今回書いたのはコップに入った水と花。水って特別な画法かなにかあると思っていたけど、明るいところは明るく、暗いところは暗くの基本通りでした。
人に誉められるって、そういえば最近ない。研究やってても誉められるなんてなかなかないし。就職活動やっててもそんなことはまずない。人に認められたり、誉められたりってもっと身近にたくさんあると良いのになあ。普通の人は普段誉められたりするんだろうか?
人を誉めるのって、親の専売特許ではないだろう、というか専売特許なんかにしたらだめだろう。人は年を取ると、批判することばっかり覚えて、なんかぎすぎすしていないだろうか。映画や本、ニュース見て批判ばっかり。友人見ても、影で批判ばかり。そんな世の中すみたくね〜って思わない?
他人を誉めて、他人に誉めてもらって、好循環を世の中に作り出そうぜ〜。他人を批判ばっかしてるから、うつ病とか引きこもりとか増えるんだよ、と言ってみるテスト(テストってこう使うのだろうか…)。
今回書いたのはコップに入った水と花。水って特別な画法かなにかあると思っていたけど、明るいところは明るく、暗いところは暗くの基本通りでした。
公園でスケッチ
11/09/2006 (Thu)
先週の日曜にスケッチしに公園に行った。天気もよく七五三の日と重なったこともあり、たくさんの人でにぎわっていた。しかし公園がとても広くスケッチ会に遅刻…… ごめんなさい>先生
その日は何を書いてもよかったので、秋らしく樹を描こうと思った。以前から樹はちょくちょく描いていたが、水彩は初めてだった。とにかく樹をたくさん描こうと思い、遠くに見える数本の樹を画面の中心にした構図を考えた。しかし、描いているうちにデッサンの量が非常に多くなったため、先生のアドバイスもあり樹は三本に絞ることにした。そうするとアラ不思議と、画面がすっきりし見やすく焦点が定まった。
「本物っぽさを出すためにも、樹だけはしっかりデッサンしましょうね」
と先生に言われたが、遠くにある樹をしっかりデッサンするのは思いのほか難しかった。樹の輪郭はけしてまっすぐではないのだが、描くとまっすぐで作られた輪郭のように見えてしまう。
この日はスケッチ会だったので、デッサンは中途半端だが、一時間程度で切り上げ水彩に手をつけることにした。絵の具の触ったのはいつ以来だろう? 高校のときに美術を選択したから高校二年以来か。もう五年も色を塗ったことがないことになる。人間としてコレはどうなのだろう(苦笑
色を塗る――この行為には非常に嫌なイメージがある。鉛筆画は好きだった。丁寧に書くとそれっぽく見え、それに鉛筆は何度も消せて気が楽だった。けれど学校の授業ではどうしても色をつけないといけない。それでしぶしぶ色を塗ると、適切な色をつけようとして何度も何度も混ぜて、やがて「汚い色」ができてしまう。そして時間がなくなり、結局その汚い色を塗り、改心の鉛筆画が台無しになる。ずっとこのパターンだった。
この日もデッサンが7割くらい出来上がったとき「それでは色を塗ってみましょう」と先生に言われて、その思い出が蘇った。かなりいやいや一生懸命色を作るが、樹の色は一向にでない。うーん、わかっていたけどつらい…… スケッチブックの端っこに試し塗りして確かめるが、どんぴしゃの色が出ない。またアノパターンか……、と悩んでいると……
「水彩の描き方はそうじゃありませんよ」
と先生。え? なんだって??
「水彩は何度も重ね塗りして、雰囲気を出していくんです。ちょっと貸してください」
そう言って、筆をとってすごく薄い色で
すごく適当に塗り始めた。せっかくデッサンした樹の輪郭は全然気にしていない。ばーっと。ホントにばーっと塗りなさった。まるで筆を初めて持った幼児なみに。
「こうやって気楽に。水彩の良いところは何度も重ねて塗れるところです。緑があるな〜と思ったら、ばーっと。ちょっと茶色っぽいな〜と思ったらばーっと。あまり濃いと直せなくなるので薄めに。最初からちゃんとした色を出すのではありません」
――目から鱗。今日の鱗の量は半端ではない。トラック三台分くらいは落ちてきたかも……。そうか水彩ってこう描くのか! 今までやってきたことはなんだったんだろう? 小学校の先生や中学校の先生は何を教えてくれたんだろう?? こういう気楽な楽しい描き方だったら、もっと色を塗ることが好きになったに違いないのに! このやり方は本当にすごい! 感じた色を塗っていけばいいのだ。それで少しずつ目の前にある樹に近づけていけばよい。そして大事なのは、先生も言っていたけど雰囲気を出すこと。細かいところに目を向けないで大きく塗る。コレが水彩だった!
先生の言うように色をつけて重ねていくと……!
ああ! 「絵」っぽい! すごい! 水彩画はすごいぞ!!!!!
これは感動もの!!!!!!!
絵を描くってこんなに楽しかったのか!!!!!!
というわけで、先日のスケッチ会は人生でそう何度もないであろう感動を味わったのでした。水彩ほんとオススメ。
その日は何を書いてもよかったので、秋らしく樹を描こうと思った。以前から樹はちょくちょく描いていたが、水彩は初めてだった。とにかく樹をたくさん描こうと思い、遠くに見える数本の樹を画面の中心にした構図を考えた。しかし、描いているうちにデッサンの量が非常に多くなったため、先生のアドバイスもあり樹は三本に絞ることにした。そうするとアラ不思議と、画面がすっきりし見やすく焦点が定まった。
「本物っぽさを出すためにも、樹だけはしっかりデッサンしましょうね」
と先生に言われたが、遠くにある樹をしっかりデッサンするのは思いのほか難しかった。樹の輪郭はけしてまっすぐではないのだが、描くとまっすぐで作られた輪郭のように見えてしまう。
この日はスケッチ会だったので、デッサンは中途半端だが、一時間程度で切り上げ水彩に手をつけることにした。絵の具の触ったのはいつ以来だろう? 高校のときに美術を選択したから高校二年以来か。もう五年も色を塗ったことがないことになる。人間としてコレはどうなのだろう(苦笑
色を塗る――この行為には非常に嫌なイメージがある。鉛筆画は好きだった。丁寧に書くとそれっぽく見え、それに鉛筆は何度も消せて気が楽だった。けれど学校の授業ではどうしても色をつけないといけない。それでしぶしぶ色を塗ると、適切な色をつけようとして何度も何度も混ぜて、やがて「汚い色」ができてしまう。そして時間がなくなり、結局その汚い色を塗り、改心の鉛筆画が台無しになる。ずっとこのパターンだった。
この日もデッサンが7割くらい出来上がったとき「それでは色を塗ってみましょう」と先生に言われて、その思い出が蘇った。かなりいやいや一生懸命色を作るが、樹の色は一向にでない。うーん、わかっていたけどつらい…… スケッチブックの端っこに試し塗りして確かめるが、どんぴしゃの色が出ない。またアノパターンか……、と悩んでいると……
「水彩の描き方はそうじゃありませんよ」
と先生。え? なんだって??
「水彩は何度も重ね塗りして、雰囲気を出していくんです。ちょっと貸してください」
そう言って、筆をとってすごく薄い色で
すごく適当に塗り始めた。せっかくデッサンした樹の輪郭は全然気にしていない。ばーっと。ホントにばーっと塗りなさった。まるで筆を初めて持った幼児なみに。
「こうやって気楽に。水彩の良いところは何度も重ねて塗れるところです。緑があるな〜と思ったら、ばーっと。ちょっと茶色っぽいな〜と思ったらばーっと。あまり濃いと直せなくなるので薄めに。最初からちゃんとした色を出すのではありません」
――目から鱗。今日の鱗の量は半端ではない。トラック三台分くらいは落ちてきたかも……。そうか水彩ってこう描くのか! 今までやってきたことはなんだったんだろう? 小学校の先生や中学校の先生は何を教えてくれたんだろう?? こういう気楽な楽しい描き方だったら、もっと色を塗ることが好きになったに違いないのに! このやり方は本当にすごい! 感じた色を塗っていけばいいのだ。それで少しずつ目の前にある樹に近づけていけばよい。そして大事なのは、先生も言っていたけど雰囲気を出すこと。細かいところに目を向けないで大きく塗る。コレが水彩だった!
先生の言うように色をつけて重ねていくと……!
ああ! 「絵」っぽい! すごい! 水彩画はすごいぞ!!!!!
これは感動もの!!!!!!!
絵を描くってこんなに楽しかったのか!!!!!!
というわけで、先日のスケッチ会は人生でそう何度もないであろう感動を味わったのでした。水彩ほんとオススメ。
大人のためのデッサン教室「光り物」編
10/17/2006 (Tue)
一つ前のエントリでも書いたが、忙しい。なかなか余計なことを考える暇がない。余計なことを考えるのを楽しみに生きている自分にとってはけっこうつらいことだ。それでも忙しいから充実している、ということもある。こちらも感覚としては悪くないが、時間が早送りで進められている気がして、振り返ったときにあまり心地の良いものではないことが多い。
さて、先週の日曜もデッサン教室に行って来た。その日は先週に書いた「花瓶と花」の花瓶に濃淡をつけた。花瓶は瀬戸物であったが、白くてとても難しい。デッサンで難しいというのはコントラストが解かりづらいということだが、つまり見えづらいということ。花瓶は白いので、何かが反射してきたり、影が映りこんできたりと様々なコントラストが見える。けど最初は全然わからなかった。「見えますか?」と聞かれて「見えません……」と答えて、先生を閉口させてしまった。
ただ慣れとは恐ろしいもので、一度なんとなく見えてしまうと、その後もなんとなく見えてくるものだった。この日のデッサンは非常に簡単なコントラストだけで花瓶を表現したが、「なかなかよいですね」と言われて上機嫌に。
こういう花瓶のような白いものは淵が光っていることに気が付いた。光っているというよりも白い。モチーフの奥行き方向から光が差し込んでいるのだ。これをうっすら表現すると、花瓶がたちまち奥ゆきを持つようになった。すごく不思議。デッサンはほんのちょっとの表現の違いで本物のように見えたり、二次元的な薄っぺらい絵に見えたりする。先生もそんなことを言っていた。
つぎはワインの瓶。また「光り物」だが、これは左右対称。実に書きにくい。左右対称なものは左右対称に書かないと、小学生の書いたような絵になるので気が抜けなそうだ。
さて、先週の日曜もデッサン教室に行って来た。その日は先週に書いた「花瓶と花」の花瓶に濃淡をつけた。花瓶は瀬戸物であったが、白くてとても難しい。デッサンで難しいというのはコントラストが解かりづらいということだが、つまり見えづらいということ。花瓶は白いので、何かが反射してきたり、影が映りこんできたりと様々なコントラストが見える。けど最初は全然わからなかった。「見えますか?」と聞かれて「見えません……」と答えて、先生を閉口させてしまった。
ただ慣れとは恐ろしいもので、一度なんとなく見えてしまうと、その後もなんとなく見えてくるものだった。この日のデッサンは非常に簡単なコントラストだけで花瓶を表現したが、「なかなかよいですね」と言われて上機嫌に。
こういう花瓶のような白いものは淵が光っていることに気が付いた。光っているというよりも白い。モチーフの奥行き方向から光が差し込んでいるのだ。これをうっすら表現すると、花瓶がたちまち奥ゆきを持つようになった。すごく不思議。デッサンはほんのちょっとの表現の違いで本物のように見えたり、二次元的な薄っぺらい絵に見えたりする。先生もそんなことを言っていた。
つぎはワインの瓶。また「光り物」だが、これは左右対称。実に書きにくい。左右対称なものは左右対称に書かないと、小学生の書いたような絵になるので気が抜けなそうだ。
デッサン教室で聞いたお話
09/27/2006 (Wed)
今日も帰りが午前三時になってしまった。ちゃんとした生活をできる人こそよい研究ができるのに、これではだめだな。後期に授業が始まったら矯正していくことにしよう。
先日、デッサン教室にいったときに先生がしてくれた話を書きたい。なぜあんな話になったんだっけか? 確かプロ美術家の人でも毎日デッサンの練習をするんですか、と尋ねたからだっけ? ああ違った! カラーの話になってからだ。デッサンは誰でも確実にうまくなるけど、色は生まれもってのものがある。という話。色使いの上手い下手ではなく、その人が心地よいと感じる色は人それぞれで、練習したからといって、万人が認めるようなうまさというのにはならない。へー…そんなこと考えたことなかったなあ!
「でも自分が良いと思える色を表現できたら、幸せですよね」と先生。色を表現できることが幸せ、か… 本当に考えたことがなかった。脳の違う部分に血液が流れたような、そんな気がした。
話はさらに続いて、芸術家が壁にぶち当たったときの話。
「中には薬に手をだしちゃう人がいるんですよね」
芸術家に薬… よく聞く話だが、本当にあるんだ…
「美大にもいましたよ」
学生のうちからやってるんですか!?
「自分の中にはないものを描きたがる、んですよね」
この気持ちはわからなくもない。なんで解からなくもないか、というのはわからないが。
自分の中にはないもの…
それは夢の中の出来事だったり、ある一瞬に見る幻想だったりするのだろうか? 作曲家ベルリオーズの代表作「幻想交響曲」では薬を飲み、中毒に陥った芸術家の幻想がテーマである。そういったものを表現したいのだろうか? 面白くもあるが何となく危うい。でもそれが魅力?
もっと突っ込んで書きたいが、今日はもう眠いのでおやすみ〜
先日、デッサン教室にいったときに先生がしてくれた話を書きたい。なぜあんな話になったんだっけか? 確かプロ美術家の人でも毎日デッサンの練習をするんですか、と尋ねたからだっけ? ああ違った! カラーの話になってからだ。デッサンは誰でも確実にうまくなるけど、色は生まれもってのものがある。という話。色使いの上手い下手ではなく、その人が心地よいと感じる色は人それぞれで、練習したからといって、万人が認めるようなうまさというのにはならない。へー…そんなこと考えたことなかったなあ!
「でも自分が良いと思える色を表現できたら、幸せですよね」と先生。色を表現できることが幸せ、か… 本当に考えたことがなかった。脳の違う部分に血液が流れたような、そんな気がした。
話はさらに続いて、芸術家が壁にぶち当たったときの話。
「中には薬に手をだしちゃう人がいるんですよね」
芸術家に薬… よく聞く話だが、本当にあるんだ…
「美大にもいましたよ」
学生のうちからやってるんですか!?
「自分の中にはないものを描きたがる、んですよね」
この気持ちはわからなくもない。なんで解からなくもないか、というのはわからないが。
自分の中にはないもの…
それは夢の中の出来事だったり、ある一瞬に見る幻想だったりするのだろうか? 作曲家ベルリオーズの代表作「幻想交響曲」では薬を飲み、中毒に陥った芸術家の幻想がテーマである。そういったものを表現したいのだろうか? 面白くもあるが何となく危うい。でもそれが魅力?
もっと突っ込んで書きたいが、今日はもう眠いのでおやすみ〜
大人のためのデッサン教室
09/19/2006 (Tue)
昨日はデッサン教室に行った。雨の中、スケッチブックが濡れないように持っていくのに少々苦労した。みんな何にスケッチブックを入れてるんだろう? 紙袋じゃだめだろうなあ。
さて、今日は花瓶に生けてある花のデッサンをした。今まではブロック状の木や、コップといった何となく冷たい無機質なものが中心だったが、今回は花。やわらかい感じのものだ。花びらはよーくみると厚くてふわふわしている。これを表現するのは大変そうだ。
今回の先生のアドバイスは
「よーく見て描いてください」だった。
前回までは「見てはいけません」がアドバイスだったのに、今回は全く逆だ。物体を線で追っていくということですか? と聞くと、そうですと返ってきた。このやり方は本当に今までと逆。
花びらの曖昧な曲線を地道に追っていって、やがて中心に向かって消えていく様子を丹念に追って描いた。
でもって、前回のアドバイス「モチーフの周囲を見ろ!」を思い出す。
花びらだけを追っていくと、だんだん実際とずれてくるので(周囲とのバランスが少しずつずれていく)、その曲線の周りを見ながら、丁寧に描くと……「なかなか描けるじゃないですか」と誉められた! にんまり(単純)。なるほどこんな感じでやればいいんだな^^
自分は物を見ると、ぐぐぐとほぼ一点見るタイプなので(タイプというかダメな癖なのだが)、今回はこれが効を奏したかもしれない。この日は、花びらと茎の線画だけで終わった。来週も楽しみだ♪
あと先生が言っていたことなのだが、細かいものを描写するのが得意な人は、そのまま絵画か版画の道へ行くらしく、逆に苦手な人は彫刻とかそういう道にいくそうだ。
さて、今日は花瓶に生けてある花のデッサンをした。今まではブロック状の木や、コップといった何となく冷たい無機質なものが中心だったが、今回は花。やわらかい感じのものだ。花びらはよーくみると厚くてふわふわしている。これを表現するのは大変そうだ。
今回の先生のアドバイスは
「よーく見て描いてください」だった。
前回までは「見てはいけません」がアドバイスだったのに、今回は全く逆だ。物体を線で追っていくということですか? と聞くと、そうですと返ってきた。このやり方は本当に今までと逆。
花びらの曖昧な曲線を地道に追っていって、やがて中心に向かって消えていく様子を丹念に追って描いた。
でもって、前回のアドバイス「モチーフの周囲を見ろ!」を思い出す。
花びらだけを追っていくと、だんだん実際とずれてくるので(周囲とのバランスが少しずつずれていく)、その曲線の周りを見ながら、丁寧に描くと……「なかなか描けるじゃないですか」と誉められた! にんまり(単純)。なるほどこんな感じでやればいいんだな^^
自分は物を見ると、ぐぐぐとほぼ一点見るタイプなので(タイプというかダメな癖なのだが)、今回はこれが効を奏したかもしれない。この日は、花びらと茎の線画だけで終わった。来週も楽しみだ♪
あと先生が言っていたことなのだが、細かいものを描写するのが得意な人は、そのまま絵画か版画の道へ行くらしく、逆に苦手な人は彫刻とかそういう道にいくそうだ。
大人のデッサン教室に行く
06/07/2006 (Wed)
先日、ついに決心して絵画教室にデッサンを習いに行った。
高校のときから、白い紙に下手な漫画の崩れたような絵を描き続けていたが、全くうまくならず、描いた絵をぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に捨てる日々を過ごしていた。大学院に入り奨学金を取得し、少し生活に余裕が出てきたので絵画教室に通うことにしたのだ。
絵画教室は小さいところで、マンションの一室を借りて教室にしていた。
生徒は僕のほかに3人程度。大人の会員は15人程度いるらしく、自分が行った日はあまり入っていないという。デッサンか水彩画をやれるということだったので、デッサンを選択した。
トレーニング的に絵を習いたかった。
こういうものは最初から楽しんでやる、という姿勢でやると結局中途半端なものになり、やがて面白くなくなる、という経験則がある。
一気に実力を高めたい。
これが自分のモチベーションであり、ゆがんだ(?)楽しみ方である。
さてデッサンだったが、いきなり衝撃的なことを言われた。
「物をよく見てはいけない」
え? デッサンて物をそっくりにかくことじゃないの?
と思ったがデッサンのような陰影をつける作業では最初、
目を半目くらいにして、形にこだわらずに陰影を見極めることが必要だそうだ。
実際に物にどういう風に光があたって影ができているのか、ということを判別するのは難しい。確かに形にこだわっていたら、こういう作業はできないかもしれない。まずは光の当たり方を見なさい。ということなのだろう。
実際完成したデッサンは最初にしてはよくできてる、と誉められた。
もしかしたら誰にでもそう言っているかもしれないが、ここで
素直に喜ぶことができるのは自分の才能だと思っている、よってすごくうれしかった。
こういう感じで初めてのデッサン教室は楽しく過ごすことができた。
高校のときから、白い紙に下手な漫画の崩れたような絵を描き続けていたが、全くうまくならず、描いた絵をぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に捨てる日々を過ごしていた。大学院に入り奨学金を取得し、少し生活に余裕が出てきたので絵画教室に通うことにしたのだ。
絵画教室は小さいところで、マンションの一室を借りて教室にしていた。
生徒は僕のほかに3人程度。大人の会員は15人程度いるらしく、自分が行った日はあまり入っていないという。デッサンか水彩画をやれるということだったので、デッサンを選択した。
トレーニング的に絵を習いたかった。
こういうものは最初から楽しんでやる、という姿勢でやると結局中途半端なものになり、やがて面白くなくなる、という経験則がある。
一気に実力を高めたい。
これが自分のモチベーションであり、ゆがんだ(?)楽しみ方である。
さてデッサンだったが、いきなり衝撃的なことを言われた。
「物をよく見てはいけない」
え? デッサンて物をそっくりにかくことじゃないの?
と思ったがデッサンのような陰影をつける作業では最初、
目を半目くらいにして、形にこだわらずに陰影を見極めることが必要だそうだ。
実際に物にどういう風に光があたって影ができているのか、ということを判別するのは難しい。確かに形にこだわっていたら、こういう作業はできないかもしれない。まずは光の当たり方を見なさい。ということなのだろう。
実際完成したデッサンは最初にしてはよくできてる、と誉められた。
もしかしたら誰にでもそう言っているかもしれないが、ここで
素直に喜ぶことができるのは自分の才能だと思っている、よってすごくうれしかった。
こういう感じで初めてのデッサン教室は楽しく過ごすことができた。
| ホーム |

