自分の居場所 取捨選択

 今日は、大学のサークルと飲み会。開催前はそんなに気が乗らない気もするのだが(変な日本語……)始まってしまうと、他のどんな集まりよりも落ち着いて話したり、飲んだりできる。きっとみんな自分の居場所が認識できているからなんだろうな。この集まりで四年間(+二年)過ごしてきたのだから。

 飲み会中、一人の友人が「もうこの集まりで六年になるよね!? これって小学校一年から六年まで一緒だったのと同じじゃない?」と一言。確かにそうだ。年だけ考えればその通りだ。サークルとクラスメイトで違いはあるものの、これからも十分大切にしていける、というか大切にしていかなくてはならないグループなのだなと思った。年月の積み重ねがそれをほほえましく保証してくれている。その言葉で、不思議に嬉しい責任感が沸いた。

 自分の居場所について考える機会は多い。こういう人に囲まれていたいとか、こんな先輩を持ちたい、尊敬できる人が近くにいたら頑張れる、とか実に色んな欲求を抱えて。けれど、そういうものは手に入らないことの方が多い。それであーだこーだ考えたりする。でも環境やタイミングによって自分の居場所は、おわんの中に投げ入れた球が、中心部で運動を収めてしまうように、無理のない形で決まっていく。そしてそこから見た景色に対してまた色んなことを思うわけだが。

 今、収まった自分の居場所についてどう考えるべきか。こう考えた時、自分はあるアマチュア劇団の冊子に書かれていた文章を思い出す。

「今自分のいる場所がもっとも自分に合った場所なんだ」

 ある種の諦めのような心持ちをしている、とも感じるが、もっと強くポジティブな感覚としても捉えられる。この言葉に出会った時、非常に強い安心感を覚えた。もっと自分の作ってきた環境や作られた居場所を誇らしく重い、そして大切にしていいんだ。もっと周囲の人たちを愛すべきなんだと。

 自分が今までかかわってきた全ての関係を大切にすることは無理だ。けれど、この関係だけは大切にしたい。そう強く決心した飲み会でした。
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小沢さんのISAF参加検討について

久しぶりに政治的な話でも書くことにする。

民主党の小沢代表が自衛隊のISAFへの参加を検討している、という。国連の決議による部隊の派遣なら憲法に違反することはないし、筋の通ったやり方での国際貢献となる、ということらしい。

ずいぶん、踏み込んだ意見である。現政権のテロ対策を批判している民主党だが、この意見は攻守逆転しかねない危険性を持っているように感じた。さてさて、一般の人は民主党のこの意見を聞いてどう考えるのだろうか? 筋の通った小沢さんらしい考え方だ、として賛同するんだろうか?

私の感覚では「危なっかしい」だ。国連の安保理決議があれば、国連の都合に従って、自衛隊がどんどん海外へ出て行く可能性が出てきたのだ。自衛隊の海外派遣が武力行使につながる、という意味で危なっかしいということではない。自衛隊の方々の身を素直にあんじているのである。アフガニスタンでのISAF活動による死亡者は160人にも及ぶらしい。前線か後方部隊か、にもよるだろうが、仮にISAFに参加した場合、自衛隊に死者が出る可能性は非常に高くなるだろうと思う。小沢代表は国際貢献のためなら、多少の危険のやむ得ないと考えているが、私を含めた一般国民の心情としては、「多少の危険」ですら嫌なのだと思う。

このような小沢代表の意見を聞くと、自民党とはずいぶんバランスの取れた政党なのだなと感じる。「テロとの戦い」と「自衛隊がかぶる危険」のバランスを取った「給油活動」という方法で国際貢献を達成している。このバランス感覚は秀逸だと思う。自民党が国際貢献を考えた場合、筋が通らないような案を出すのには理由がある。筋を通すと危険が大きいからだ。危険性や国際事情によって、自分の意見を変えたいのである。なぜなら政党の支持者がそういう感覚だからである。理屈のために血を流すのではなく、血を流さないような理屈をそのつど考える、これが日本外交の本音なんじゃないかと思うのだ。

またテロとの戦いとは日本にとって、それほど重要なことだろうか? 間接的な重要性は理解できる。間接的な重要性とはアメリカや欧米諸国とのつながりを保つというもの。直接的なものとは中東のテロリストが日本の国益にとって何か問題あるか?ということだ。これって意外に想像しがたいのではないか? テロは日本にとって直接降りかかった火の粉なのだろうか?

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ネットゲーム中毒か……

 ブログをずいぶん放置している。やることがたくさんある上、最近ネットゲームにはまるという体たらくで、時間が湯水のごとく使われて、という近況であります。ネットゲームは面白いけど、時間が足りない。何のために遊んでいるのかよくわからないけど、面白い。ネットは危険だなあ。今、ネットがなくなったら一日がもっと長く感じられるだろうと思う。お金も時間も、あればある分だけぎゅーぎゅー使ってしまうものなんだなあと実感。特に時間は貯金できないので、そのつど有意義に使う必要がある。

 のにネットゲームをやるというこの体たらく。
00:47 | 日常 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑