柿の絵が誉められる

 ちょっと前の出来事になるが、大家さんに柿をもらった。この柿は、市販の物ではなく、大家さんの庭から採れたものであった。見た目はお世辞にも良いとは言えなかったが、渋みはなく、どこか懐かしい味がした。昔、実家で同じように採れた柿の味と似ていた気がして、うんうん、柿ってそういえばこんな味がしたなあ、って感じ。

 大家さんはわざわざその柿を玄関のドアノブに、こぎれいな紙袋で下げてくれてた。甘いので是非食べてください、というメッセージつきで。きっとこういうのが好きな人なのだろう。自分も嬉しくなって、何かお返しできたらと思った。もちろん大げさなものはだめだが。

 で、絵を習っていることもあり、簡単なお礼のメッセージとその柿を水彩で描いて、ポストに入れておいた。水彩はほとんどやったことがないので、下手っぴな絵である。まあ、メッセージの横に添えるにはふさわしい気軽な絵とも言える(…かも)。

 今朝、大家さんに会ったら、えらい誉められた。正直、あんな絵で誉められるとは思ってなかった。あなたは人を幸せにするわ! 娘も感激してたわ、と実に大げさな表現で。いやいやもちろん嬉しい。ここ一ヶ月で一番嬉しいくらいの出来事だ。こういう出来事があると、絵っていうのは本当にすばらしいなあと思える。自分は絵、そのものを描きたいという気持ちもあるが、もっとつよいのは絵を通して誰かとコミュニケーションすることだろう。

 人を幸せにする、と大家さんは言ったが、大家さんのそういう気配りというか感性の方こそ人を幸せにするんだなあと思った。
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ひょんなことから02 SNSの新しい形

 mixiがつまらなくなってきた。周囲の友人も日に日にログインしなくなり、トップ画像が白いままの人もひらほら。mixiの楽しさは周囲の人たちのノリの関数でもあるので、大げさかもしれないが、廃れるときは一気にすたれるであろう、指数関数的減衰を見ることになるかもしれない。

 文句ばかり言ってもしょうがないので、mixiというかSNSの可能性について書きたいと思う。梅田氏のweb進化論的なオプティミズムな語り口になるかも。



1.SNSはスケールダウンしたweb世界ではない

 この辺をmixiの開発者たちは大きく勘違いしているじゃないかと強く思う。他のサイトで無料で出来ることをmixiという箱庭の中でも(付加価値なしに)やろう、会員制にして有料でやろうというのが、基本姿勢として間違っている、というか開発資源の無駄遣いであると思う。動画をUPしたいという人がいるのは間違いないが、動画を日記に引用している人はyoutubeのURLを貼っているのが現状なのだ。SNSはスケールダウンしたweb世界であるべきではない(つまらない)。他で間単に代用がきくことをやっていると、mixiにいる必要性が薄れていく。


2.SNSは人が集まって何か新しい価値を生み出す場所であるべき

 SNSが井戸端的である時代はもう終わりに近づいているのだと思う。もちろんそういう要素があっていいのだが、それだけで終わっているのが現状だ。いわば、街の中心にただっぴろい公民館が建てられただけの状況である。公民館を見ればわかるが、過疎っているし、時間をつぶすためだけのイベントがちょこちょこっとあるだけだ。これを仮に公民館的ノリと称することにすると、SNSがかもし出さなくてはならない空気とは、文化祭的ノリなのだと思う。あの何かしなくてはいけないような責任感! やれば絶対皆と仲良くなれる確信! 話したことがない女の子とお近づきになれる予感! コレコレこの若さがないのだ! mixiはいきなり年寄りくさいのだ><

 もちろん公民館でもうまく使えば、それなりに人も集まるし、何か新しい物だって作り出せるだろう。でも、公民館という空間だけ与えられたところで、当事者たるアナタやボクは”何かをする気”になるだろうか? 責任感や焦燥感、お祭り感がまるでない、そんな場所で。



  じゃあどうすれば良いのか
  
  
  
3.MMO型運営へ ただし神運営

 誰もが成し得なかった(?)リアルオンラインの登場である。MMOとは、簡単に言うと多人数参加型のゲームである。キャラクター一人一人をリアルの人間が操作しているので、オフラインにはない偶発的な要素がある。良心的なMMOの運営は、たびたびイベントを開催する。その多くは、チームバトルであったり、強いモンスター討伐であったり、とにかく参加者が集まって何かをするものである。このイベントは、ゲーム内を活性化する効果がある。なぜならイベントでより有利になれるようにキャラクターの強化に努めたり、友人たちにアドバイスをしたりと、ゲーム参加者たちの目標ができるからである。イベントとは、参加者の目の前ににんじんを釣り下げるようなものなのだ。
 
 これをSNSがリアルでやれば良い。労力はそんなにいらない。イベント会場をセッティングし、イベントの音頭を取る人を派遣しすればいいだけだ。どんなイベントを開催すべきか、のようなマーケティングはSNS内のコミニティからわかる。一番大変な作業が、SNS内では既に参加者によって完成させられているのだ。
 
 想像してみれば、文化祭的ノリが感じられないだろうか? 
 例えば、mixi内で自分が参加しているコミニティでイベントが開催されたとする。開催者はmixi社から派遣されたプロなので、集まってから興が削がれる心配もそれほどない。でもって参加者はほぼ同じ趣味の人間たちなので、話が合わないこともない。むしろ会場ではその話をしに人々が集まるのだ。きっと盛り上がるに違いない。趣味が多様化してしまった現代では、貴重な体験といえるだろう。さらにそこでは、きっと出会いもある。新しい友人や、もしかしたら今後の人生を左右するパートナーとの出会いがあるかもしれないのだ。
 
 こんなワクワクドキドキな想像をした参加者たちは、このイベントにお金を払ってでも行きたいと思うのではないか? この流れはほとんど出会い系サイトの手口のような気もするが、1000万人の会員を持つmixiである。みんなが登録してあるサイト主催のイベントなので不純な気はあまりしない。ここにSNSの新しい収入モデルが見える気がする。
 
 似たようなやり方をリクナビはしている。就職活動コミニティ参加者向けにイベントを開催しているしているのが、リクナビのお仕事なのだ。考えようによっては全然奇抜なことでもなんでもない。
 
 さあ! SNSよ!
 井戸端箱庭提供型経営からMMO型運営へ切り替わるのだ!
 (これはアイディアその4としてカウントする)
 
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ひょんなことから思いついたアイディアを書く01

 タイトル通り、なんとなく思いついたアイディアを書く。


1.宿泊費0円旅館

 ソフトバンク型宿泊プラン。
 宿泊費は0円だが、料理、風呂その他のサービスは有料。経営は、市町村か地元の観光業で食っている方々の共同経営。とりあえず、地元に来てもらって、宿泊費を浮かせた予算で地元の料理やお土産をどっさり買ってもらうというもの。

 ターゲットは比較的若い人。とりあえず泊まれればいーや、と考えているので。彼らはお金を食事や見学、お土産に使いたいのだ。
 
 宿泊費を0円にすることで、旅館が抱え込んでいたサービス全般(食事
、お土産)を他の業者が担当するようになる。旅館はあくまで素泊まり施設。宿泊費0円旅館は、キャッチフレーズ的にも優れ、宣伝効果もあり。お金が宿泊費以外に使われるため、地元の観光産業が活性化、多様に発展する可能性がある。

 ※所さんの笑ってこらえてを見てなんとなく思いつく
 ※このアイディアは盗用可能




2.デート口臭チェッカー

 デート前の男女がターゲット。口臭をチェックできる機械かなんかをコンビニで売る。口臭なんて他人に聞くことができないので、こういう一人でチェックできるものは、それなりに需要があるかと。製品名をデートなんたら、とすることで、買う人に言い訳が聞くようにする。

 例:「口臭チェッカー買ったんだ」
   「お前、口臭悩んでたの・・・」 → なんとなくアウト

   「デート口臭チェッカー買ったんだ」
   「まあ、エチケットだね♪」  → なんとなくセーフ

 ※誰だって気になるしょ? 言い出せないけどね。




3.俺の車ドコナビ

 車のキーに矢印を表示する液晶と、自分の車がどこにあるのかを判断するナビ機能をつける。でかいパーキングで駐車するとどこに自分の車を置いたのかわからなくなる。そこでいつも持ち歩くキーに自分の車の位置を矢印で示してもらう。

 ※けっこう忘れるからね。
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初海外旅行

 なんかあまりブログを書いていないのに、カウンターの数を見るとソコソコ来訪者がいるようで。前から思っていたんだが、このカウンター怪しくないか? ブログ主のモチベーションを維持するために、作為的な数を表示してるんじゃあるまいな? なんて疑ってみる。まあアクセス解析なんかもできるから、そういう嘘はできないだろうけれど。……アクセス解析やってみようかな。バイト先の人のブログを偶然に見つけたことがあって、そこのブログにアクセス解析が張り巡らされていたのを知って、嫌な思いをしたこともある。面倒だし、たぶんやらないだろう。

 さて海外旅行に行ってきた。初の海外である。飛行機はちゃんと浮くものだとわかったし、海外は思ったよりもずっとテキトーな感じがした。初の旅行先は某南の島であるが、日本人だらけ。日本語も通じるので、海外という感じはしなかった。それよりもずっと強く感じたのは、資本主義があらゆる場所に展開しているということだ。

 この島では、ほっとんどの海岸がプライベートビーチという名前で自由に入れなくなっている。車でぐるっと回ってみたのだが、金網に囲まれて、前もってお金を払った人でないと使用出来ないのだ。また金持ちがビーチを個人用に所有している感じのところもあった。いやはや、商魂逞しい。

 そして日本人相手に適正な価格で商売しているせいか(皮肉だよ)、学生身分の自分には物価が相当高く感じられた。ステーキ一枚が30ドル。ビール一杯が10ドルなのである。まあ、いい飯を食べようとするならこれくらいはかかるものなのだが、それにしても日本人の財布の中身を良く知った表示金額であった。

 島の住民はどの人も例外なく太っていた。男も女も丸い! 肉食のせいだろうか? 腹がボコンと出ていた。きっと将来生活習慣病に悩まされるに違いない。

 この島は観光産業で持っているのだが、それって島の住民たちにとって本当に幸せなことなのだろうか? とずっと感じていた。あらゆる一級の土地が金持ち相手に販売・レンタルされ、島のメインストリートは日本人向けの飲食店、ブランドショップで占拠されている。きっと住民にとっては縁のない店ばかりなのかも、と思う。そんな施設でいっぱいの島って住民にとってどんな意味を持つんだろう?

 かといって逆戻りもできまい。この島は500年、外国の都合でいろいろ変わってきた島でもある。これはもはや伝統といえるかもしれない。
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料理を作るメリット

 今日は東京国際マラソン。とってもいい天気なので選手の皆さんは良いタイムを期待いているかもしれません。ブログ書いて、洗濯物を干したら、自分もお出かけ。今日は自分の描いた絵が展示されているので、その展示会場へ。といってもアマチュアの展示会ですけどね。

 昨日は夕食にシチューを作った。このごろ食事もまともに作らないので、バランスを取るために久しぶりに作ってみたのだ。「食事」というのは、栄養を取る以外にも、人間にとってずいぶん特別な意味があるように感じる。それは儀式的な面と、脳の調整という面で。

 儀式的な面とは、人間として生きる尊厳を保障する行為という意味合いだ。米を炊く。野菜を切る。においを嗅ぐ。水で洗う。肉を切る。血を見る。火を使う。これら一つ一つにたくさんの命がかかわっていることに気づく。そしてそれらを使った料理は、このたった一つの命を存続されるために消費される。食材を作るところからいかなくとも、ずいぶんと命の流れみたいのを感じることができる。そこから得られる複雑な模様が、生きる尊厳を保障しているように思えるのだ。

 脳の調節という面。物を作るというのは、色んな神経を使用する行為だ。普段の仕事に使っていない部分も多いはずである。普段の仕事で磨り減っている部分以外を使うことで、脳の神経のストレッチ効果が生まれるような気がする(実際に、家事は脳を活性化されるという報告もある)。

 とまあ、こんな具合に食事を作るというのは、消費される時間に見合ったメリットがたくさんあるように思うわけだ。最近頭がすっきりしないという人は、料理を作るとあっさり直るかもしれない。
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教授にめちゃめちゃ怒られた

 昨日のゼミで教授にめちゃめちゃ怒られた。「そんなんじゃ修士二年失格だ」とまで言われた。こんなに怒られたのは久しぶりである。この年になると怒られることも褒められることもずいぶんと少なくなる。そんな中で、今後も記憶に残るであろう、「怒られ」だった。

 ただ怒られている最中も思ったのだが、意外とショックが少ない。むしろこれで研究の方向性の良い変化が生まれそうで、いい予感すらした。このポイントが起点となる気がしたのだ。

 いろいろ言われたおかげでやることがはっきりした。
 前に進めると思う。
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現状確認

 今日は思わずにっこりしてしまうくらい良い天気。風もほんのり吹いていてとても気持ちいい。昨日、今日と大学祭で近所があわただしい。駐輪場なんか、荷物を持った学生でごった返していて、にぎやかな感じ。大学院二年生になったので、ほとんどサークルの活動には参加していないけど、去年ほど寂しい気持ちにはならなかった。

 今年一年で大学が終わる。最近研究に対して飽きてきていてどうも本腰が入らない。作業ががががっと進まない。来週にはゼミ発表も控えているのでますますあせる。

 ブログを書くことは、現状の確認ができていいかも。この時間は本当に大事だなあ。特に何がなくとも毎日書くことにしよう。って以前も書いたなあ。
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