「教える」ってことはとっても難しい。

 「教える」ってことはとっても難しい。

 ・技術的な意味での難しさ
 ・時間的な意味での難しさ

 技術的というのは、言葉が相手に通じるかとか、例えが適切であったか、とかそういう意味合いだ。あの人の説明だとわかりやすい、というのは確かにある。助教授に聞いたらサッパリだったが、同じ内容を先輩に聞いたら、「なんだ、こんなことだったのか」てな具合に腑に落ちた、という経験は誰でも持っていると思う。逆に教える立場として、「先生に聞くよりわかりやすかった」なんて言われた日には一日中ニヤニヤしていられるくらい嬉しいものだ。

 教える技術の問題はこの辺にしておいて、もっと考えてみたいのが時間的な意味での難しさだ。大学院生になり、後輩を持つようになるとこの意味での難しさに直面してしまった。正直自分は教えるのがけっこう好きな人間である。自分が理解していることだったら、平均以上にわかりやすく説明できる自信はあるし、なにより相手にわかってもらうのがとても嬉しいと思える体質だからだ。でもそんな自分でも、「教えるのが面倒……」と感じてしまった。なぜかというと、自分の研究にせっぱつまっていて時間的精神的な余裕がなかったからだ。

 時間的な難しさとは、すなわち精神的なものでもある。時間がない! と感じる心が、相手に教えようとする気持ち、モチベーションの向上を阻害しているといえる。単純に言うなら、精神的余裕がないと優しくなれない、ということだ。自分に余裕がないと優しくなれない、というのはなんとも悲しいことだが、多くの人は経験則から賛同してもらえると思う。

 気持ちの問題なら、気持ちの持ちようでなんとかなるだろうという意見もある。自分をしっかりコントロールできないから優しくなれないのだ、ということだ。そういうお叱りは甘んじて受けたい。自分マネイジメントができていないという、これから社会に出る人間としてどうにも情けない話である。自分マネイジメントが出来ている方なら、きっと成功するタイプだろうと思う。けれど、誰もが自分マネイジメントがしっかりできていて、その結果精神的な余裕を持ち、後輩に指導が行き届くようになるかというと、それは相当なハードルの高さだ。もっとシステム全体として万人が精神的な余裕を持てないだろうか? ハードルを低くできないだろうか?

 そこで考えたのが、「週に一回、教える専門日」を設けること。以下のような条件を組織のシステムに加える。
 
 ・中堅社員は週に一日、後輩の指導をする日を設けなければならない
 ・指導日ならば、自分本来の仕事が進行しなくても構わない
 ・後輩社員は、指導日ならば遠慮なく先輩に聞きにいくべし
 ・部署を飛び越えて質問しても良い

 これを導入することで以下のようなメリットが生まれる。

 ・組織における聞きづらい体質をなくす
 ・組織の縦の関係が円滑になる
 ・組織の部署間の関係が円滑になる
 ・技能が組織全体に伝達される
 ・つまり生産性が上がる

 単純に言うならコミュニケーション不全の解消である。コミュニケーション不全は精神的な余裕のなさから来ている部分もあるからだ。このメリットがあるのなら、週に一日仕事が進まなくとも構わないのではないか? 他人に教えることで自分のしていた仕事を割り振り、または協力し合い、結果的に全体の生産性が上がるのだ。

 教えて君が大量発生する?
 でもいきなりググれと言い放つ体質の組織も嫌だと思うなあ。その辺も教えればいい気がする。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥である。他人に教えてもらうのは、時間的効率がすさまじく良いし、けっこう悪くない考えだと思う。まあ、システムのことを考えたって、今は何も変わらないから、とりあえず自分マネイジメントをしっかりやろうかなっと。
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